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013: 鳴子の旅

2015年9月4日(金)、第61回全国こけし祭りに参加するため深夜バスに乗り込んだ。初めての鳴子への旅である。

23:20に代々木のバスターミナルを出発して翌5日(土)5:16に仙台に到着。そのまま東北本線一ノ関行きの電車に乗車し、途中小牛田(こごた)で陸羽東線に乗り換える。黄金色に色づき始めた田園地帯を抜け、山の麓まで来ると硫黄の匂いがしてきてああ温泉に来たんだなと実感する。そうこうするうちに7:46には鳴子温泉駅に到着した。

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写真は駅前すぐのところにあるこけしガードレール。先ずは宿泊する宿に荷物を預け、こけし奉納式が執り行われる温泉神社へ。式自体は感銘を受ける何かがあった訳ではないが、『羨こけし』愛読者としては神社の片隅にある深澤要の歌碑に熱いものを感じざるを得なかった。

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神社から全国こけし祭りの会場となっている鳴子小学校へ抜けると既に多くの人が並んでいた。この人達のお目当てはコンクールへの出品作。こけし工人は出品にあたり最も出来の良いこけしを選ぶという理由があるという。あまり並ぶのが好きではないので朝食代わりに出店で売られていたはっと汁、横手やきそば、牛タン串などに舌鼓を打ちつつ時間をやり過ごし、最後尾にくっついて入場したが、なかなかの盛況振りでめぼしい出品作は売約済みであった。

ちなみに出品作を購入する場合は、受付に欲しいこけしを持っていき手続きをする。売約されたこけしの下には赤い札が添えられる。購入したこけしは2日目に引き取りにいくか、後日郵送される仕組みになっていた。初参加者にはなかなか分かりづらいシステムではある。会場では他に、招待工人の実演展示ブース、即売コーナー、足踏み轆轤の実演、過去の入賞作の展示、絵付けコーナーの他、鳴子漆器展、江戸下町職人展も併設されていた。なお、2015年の招待工人は、津軽系・長谷川健三工人、鳴子系・菅原修工人、山形系・小林清工人、遠刈田系・佐藤保裕工人、弥治郎系・鎌田孝志工人、土湯系・阿部国敏工人の6工人であった。

会場にてinstagram で交流のあるポンサ氏、ぼたん氏とお会いする。両氏は地元鳴子の有名な蒐集家宅を訪問した後、高橋正吾工人宅へ伺うということで、ポンサ氏の車に同乗させていただいた。訪れた蒐集家のお宅はメディアでの露出もされている有名なこけし棚が設置されていて、当日は様々なこけし愛好家がひっきりなしに訪れ見学していた。廊下、縁側、居間の上部に設けられたガラス戸付きの収納スペースにおびただしい数のこけしが陳列されている風景は圧巻。現役工人の近作も分け隔てなく蒐集されていたのが印象的でこけし愛をひしひしと感じた。

蒐集家宅を辞去し、高橋正吾工人の工房へお邪魔する。正吾工人の手がける遊佐雄四郎型のこけしはかねてより注目しており、今回の旅でもなんとか訪れることが出来ないものか模索していたのであるが、一見がいきなり訪れるのは難しいという結論に達しほとんど諦めかけていたところであったので、このような機会に恵まれ非常にありがたいことであった。さらに、工房で見せて頂いたこけしの中に一本だけ雄四郎型があり入手することができたという幸運はなんと表現すれば良いだろうか。ちなみに対応にあたってくださったのは奥様で、木取り等の作業もされているとのことであった。

こけしを譲って頂いた後、正吾工人に雄四郎型に興味があると伝えると、雄四郎という工人の歩みやこけしの作風について話をして頂けた。また「百数十年前に生まれたこけしが東北という地のみで現在まで形を変えずに受け継がれてきた意味を考えることにこけしの美しさを知る鍵がある」という趣旨の話は深く考える価値あるものだった。雄四郎型の他にも佐藤乗太郎の写しなどがあり、入手しなかったことが少し悔やまれる。また訪れて、今度はゆっくりお話を聞きたい工人さんができたのはとても喜ばしい。帰り際、奥様とともに表まで見送ってくれた。

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正吾工人の工房を後にして、日本こけし館で開催されている中古こけしオークションに参加した。入札番号は4桁のものもあったので千本以上の本数であったと思われる。気になったこけしの番号を控えておき、申し込み用紙にその番号と入札金額、住所、氏名を記入し、後日の結果待ちとなる。この金額で落札できればラッキーという消極的な入札だったので果たして?鳴子のお膝元ということもあったのか、入札したこけしは鳴子系の古老といわれた工人のものが多かった。

入札が終わり、いざ館内を見学しようとすると、ポンサ氏が次は佐藤實工人の工房へお邪魔するのでどうかと誘ってくれた。實工人も正吾工人同様、訪れられるものなら訪れたい工人さんであったのでお言葉に甘えて再び同乗させて頂くことにした。東北のこけし旅において車の有る無しは結果に大きく響く。ポンサ氏には感謝してもし足りない。この場を借りて改めてお礼申し上げます。

實工人の工房は有名な鳴子峡の近く。趣のある古民家に利口でおとなしい愛犬一匹。自宅は鳴子温泉の方にあるが、静かな環境で製作にあたられている。秋の紅葉シーズンになるとこの辺りは観光客で混雑し、工房を訪れこけしを買っていく人も増えるらしく、それに向けて鋭意こけしを増産中であった。實工人は故桜井昭二工人の実弟。岩太郎系列の重要工人・大沼甚四郎型を手がける。好んで山を廻る健脚の持ち主で83歳とは思えない活力を感じさせる方である。並べられたこけしで特に目を引いたのは小寸こけしだった。1寸ばかりの小さな木地に味わいのある面描。その細かい技に驚かされる。結局、甚四郎型6寸1分とねまりこ1寸9分を求めお暇する。實工人もやはり我々の車が見えなくなるまで表に出て見送ってくれた。その風景を思い起こす度、工人のあたたかなおもてなしの心に心が満たされる思いがする。

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帰りがけに鳴子峡に寄る。鳴子峡は東北旅行のポスターなどでも度々登場する名勝。紅葉の頃には長い渋滞がどこまでも続くという。今年も實工人のもとへ立ち寄った観光客たちはあの小さなこけし達の中から気ままにひとつふたつを持ち帰るのだろう。

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鳴子温泉駅まで送って頂いて、ポンサ氏と別行動を取る。せっかく中心部に戻ったので、こけし通りにある桜井こけし店で「創成期の鳴子こけし」復元作を買い求めた。時刻は15:00を過ぎ、ホテルにチェックインしなくてはならなかった。予約したホテルは、鳴子温泉のパンフレット等に掲載される地図にギリギリ入るような外れに位置する亀屋という所。フロントで尋ねると、夕食は18:00もしくは19:00から。全国こけし祭りの目玉であるはりぼてこけしのパレードは町の中心部で18:30からということだが、残念ながら食事の時間は融通がきかないという。仕方なしに18:00から夕食をとり、急いで中心部へと向う。途中で地元の神輿に遭遇する。「どっこいどっこい」という聞き慣れないかけ声のコールアンドレスポンス。先を急ごうとするが神輿を担ぐ人の群れはなかなか進まない。ようやく中心部に到着した頃にははりぼての「は」の字もなかった。教訓としては、はりぼてこけしパレードを見るのなら中心部のホテルで、食事の時間を考慮してくれる所を探すか、そうでなければ素泊まりにするべきであるということ。一年目はなかなかそういうことが分からないので今後参加をご検討の方はご参考までに。若干の失意の中で一日目を終えたが、温泉と食事はなかなかのものであった。

2日目。起床後、朝の温泉に浸かってから朝食をとり宿を後にする。2日目は曇りがちの天気であった。駅のコインロッカーに荷物を預け、タクシーで再び日本こけし館へ。鳴子温泉駅から日本こけし館まではだいたい1,100円くらいかかった。前日見なかった深澤要コレクションが目的であったが、館内を廻ってみたところ、蔵王こけし館で感銘を受けた名和コレクションの鳴子系も寄贈されていてそちらもかなり見応えのあるものだった。

一度中心部に戻り、小学校の会場で工人の実演展示を見る。2日目になるとさすがにけっこうな数のこけしが旅立っていた。その後、えがほ食堂で昼食。親子丼を頼んだのだが、これが予想していた以上に美味しくて満足した。また鳴子を訪れた折には利用させて頂こうと思った。

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昼食後、町を回る頃には霧雨が降り始めた。小学校の会場で絵付け体験をする。アクリル絵の具だったのが少し残念ではあった。その後、前日心に引っ掛かっていた庄司永吉型6寸1分を桜井こけし店で購入。結局、桜井こけし店では「創成期の鳴子こけし」復元作と合わせ2本を入手したことになる。コテコテのジャズ(ハードバップ)が流れるモダンな雰囲気の店内であった。

まだ時間があったので三たび日本こけし館へ。2日目の午後ともなるとほとんど人もいなくなり、じっくり深澤/名和両コレクションを堪能できた。こけし館を出る頃には雨が本降りに。こけし館の前に循環バスが寄るというので帰りはそれを使う。400円也。他に乗客は誰もいなかった。

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旅の終わりはひとり、雨の鳴子を彷徨う。平素の鳴子はこのようにひっそりとした雰囲気なのだろう。前日のお祭りの賑やかさを知っている分尚更静かに感じた。旅館の浴衣を着て、下駄を鳴らしながら町をそぞろ歩けばさぞ趣き深いだろうと思われる。こけしに興味のない人でもお土産に鳴子こけしの一本でも求めたくもなろう。

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そんなことを考えながら高亀で実に鳴子らしいこけしを一本求めた。高橋武俊工人作6寸。旅の終わりの寂しさと充実感に満たされながら、18:01発の電車に乗り帰路についた。

附記)
実家の居間に飾られた高亀のこけしはいかにもお土産物に頂きましたといった体で一番見晴らしの良いところに置かれている。轆轤線を用いた華麗な胴模様は実家の居間に飾るのに丁度良い。鳴子こけしは今も昔もやはり温泉の土産物なのだと腑に落ちた。

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