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041: 第3次こけしブーム考

「こけし千夜一夜物語Ⅱ」で筆者のKさんは東京こけし友の会の例会参加者数の推移とともに「第3次こけしブーム」が落ち着いていたようだと述べられている。そろそろこの「ブーム」と称されてきた現象を分析し今後の課題を整理する時期になってきたのではないだろうか。

「第3次こけしブーム」は主として30代前後の女性がこけしのかわいさに惹かれたもので、軸原ヨウスケ氏(cochae)が2010年4月10日に発行した『伝統こけしのデザイン』というガイド本が引き金となっていると思われる。『こけし手帖』594号には発行当時の記事が掲載されている。翌年の2011年8月15日には沼田元氣氏により『こけし時代』が創刊され(同手帖609号に記事)、また東日本大震災後の東北復興支援活動の一環としても民芸品としてのこけしに注目が集まるようになった。実際、筆者をこけしの世界に引き摺り込んだ某氏もそのような状況からこけしに関心を持たれたということであるから、その某氏の影響から収集を始めた筆者も一連の流れに乗った一人であるといえる。

「第3次こけしブーム」の中心である女性の多くは、こけしの「かわいさ」に惹かれている。こけし製作を生業としているこけし工人は買い手の求めるものに敏感であり、女性の求める「かわいさ」に対応してそれに見合ったものを次々と作り出していった。いわゆる「かわいいこけし」である。今ここで重要なのは、こけしは工人が作り出すものであると同時に買い手の需要にも少なからず影響されるという点である。現在の「かわいいこけし」は現代という時代が生み出したこけし以外の何物でもない。

2014年筆者が始めて伝統こけしを求めた北鎌倉のおもとでは手に入りやすい入門書として『伝統こけしのデザイン』を紹介しながらも「かわいいこけし」にはやや否定的なニュアンスを滲ませておられた。高幡不動のたんたん(現、楽語舎)店主も同様で、若い女性の特徴として①大きいものを買わない②多くを買わない③本を読まない④伝統的なこけしを買わない、という点を指摘されていた。長年こけしに接してこられた方々は内心忸怩たる思いがあるのかもしれない。但し2014年4月20日の土湯こけし祭りの若手工人トークイベントの際、「(かわいいこけしのことが)最初はよくわからなかったけれど、孫に買い与えて喜ばれる姿を見るとだんだん好きになってきた」という主旨の発言をされた年配の愛好家もおられるということも書き留めておく必要はある。

かつて『こけし手帖』23号に稲垣武雄氏が「新型こけしの濫觴」という記事で書かれたように「この類似品が大量に生産されて、工人達の生活が保証されれば伝統ある本当のこけしの廃絶を救うことにもなる」と考えれば、「かわいいこけし」が親しまれることは決して悪いことではない。問題はむしろ需要という面でこけし作りの片棒を担ぐ買い手の側に(そしてあろうことかそれを商う一部の業者にも)こけしへの理解が欠如している点ではないかと考えている。

こけしには過去100年以上にわたって先人が積み上げてきた技術、形式、それにまつわる様々な知識、そして情熱がある。そういったこけしの歴史から乖離したところで愛好家側にこけしへの理解がないまま「かわいい」という需要だけが先行するとそれに引っ張られる形で今まで培われてきたこけしの軸からどんどん外れた奇抜なものへと変容していってしまう危険性がある。もちろん、先のトークイベントにおいて「新しいものを作る場合でも伝統的な模様を入れる等をする」という発言があったように工人側の意識が抑止力となっている部分もあるわけだが。

初めに挙げた『伝統こけしのデザイン』や『こけし時代』といった刊行物は、そういったこけしにまつわる様々な知識という部分を意図的に省略している節がある。それによってこけしに対するとっつきやすさは増したのかもしれないが、前述したような弊害も出てきたのではないだろうか。もちろんこれは結果論であってそれらの本によってこけしに興味を持った愛好家が増えたこともまた事実である。過去『伝統こけしガイド』『こけし 伝統の美 みちのくの旅』といった入門書の刊行がその役割を果たしたように。若い愛好家側への優れた手引きがないことは収集界の怠慢でもある。

「かわいい」だけの収集は発展性に乏しく、数十本集めれば充分とばかりに数年と経たずに収集をやめる愛好家も少なくないという。このような愛好家にこけしに関するあらましを紹介し、その奥深さを知ってもらえれば「かわいい」という視点だけでないこけしの魅力に気付き、より本質的な部分に興味を持つようになるのではないだろうか。

今、こけし界の未来にとって必要とされているもの。それはこけしに興味を持った愛好家にこけしの伝統的な面白さを紹介し、その収集に発展性を与えることのできる手引きであると考えている。伝統とは即ち系統系列であり、工人であり、「型」である。ある工人がどういう生涯を歩み、系統系列の中でどのような制約を受け、その中でこけしとどう関わり、そのこけしが「型」としてどう継承され発展してきたのか。主要な型の「原」となるこけしを紹介し、その型が現在どの工人によって受け継がれているかを紹介することが、こけしへの理解を深めるのではないだろうか。優れたこけしの手引書が熱心な蒐集家を育む。種を撒かなくては芽は出ないのである。

以上の文章は2015年の春先にノートに書き記したメモが元になっている。2年ほど経って改めて読み返してみてもその考えは変わっていない。


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