スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

015: 平賀輝幸 ②

前項に引き続き、作並系の平賀輝幸工人について。

2015年6月20日ねぎしで開催された下谷こけし祭りに輝幸工人が参加されるというので伺った。店内にはいつもの「かわいいこけし」の他、おそらく謙蔵型と思われる古型もわずかながら並んでいたが最近とんと手を伸ばさなくなった1尺の大きさのため見合わせる。帰り際になってしまったが工人と直接お話しした。祖父にあたる謙次郎工人の甘美なこけしが2本目に手にしたこけしであったこと、そして古型を作ってほしいこと。輝幸工人の回答としては、①そっくりに写すことは(時間的労力的に)できない点、②完成まで多少時間がかかる点を予め了承してもらえれば写しの注文も受けるとのことであった。

帰宅後、手持ちの輝幸工人作とのバランスを考慮しつつ、数種の写しをお願いした。ちなみに、数種類の写しを一本ずつという頼み方に関しては、工人の負担が大きいため慎むべきという意見もある。なるべく負担にならないように同趣向のレパートリーがあればそちらで構わない旨お伝えしていたが、今回のこの頼み方はあまり褒められないやり方だったかもしれないと反省している。写しを頼むというのはもっと収集家としても気を使わなくてはいけないことなのかもしれない。

平賀輝幸1-3

2ヶ月ほど経って完成したこけしが送られてきた。左より、轆轤線8寸5分と白胴6寸5分、えじこ2寸5分と轆轤線7寸5分の4本である。各こけしとも「原」となるこけしを挙げて製作していただいた写しであるが、前述したように忠実に「原」を写すことを求めずに注文したということをはじめに断っておく。

左の8寸5分は『こけし事典』に掲載されている平賀謙次郎古型を元にしたもの。所有者は不明。作並系の蟹菊は各工人によって微妙な癖がありそれが作者判定の拠り所となるとは古来いわれているところであるが、輝幸工人による写しはそういった研究成果に準じたものであり、尚且つ葉の模様などは依頼の際に添付した画像の特徴が汲み取られていてその仕事振りにただただ感心した。面描に関しては上瞼が著しく湾曲している点、バッサリと描かれた前髪と鬢に古い謙次郎の面影が宿っているように思う。

その隣の6寸5分は同じく『こけし事典』に掲載されている白胴鉋溝入りのこけしを元にしたものである。これは植木昭夫氏収蔵品で同じこけしが『愛こけし』にも収録されている。『こけし事典』の写真はやや上からのアングルのため頭部が広く見える。一方、『愛こけし』は真正面から撮影されているため若干印象が異なる。輝幸工人にお送りしたのが前者ということもあってか、出来上がったこけしはいくぶん額が広いものとなった。写真による写し依頼の難しいところでもあり、また面白いところでもある。白胴型では頭頂に描かれる輪型の赤い飾りとその中心を貫く黒い一筋の頭髪が省略される。胴模様の葉の色は紫が用いられているのは前項の子持ちこけしの子こけしと一致する。面描は眉と目が頭の半分より下に描かれており、前述したようにおでこが広くみえる。一般的に目の位置が下に描かれるほど幼さが出てくるとされるが、筆の細さは反面大人びた雰囲気を醸す要因となっていて相対する要素が奇妙に同居しているように思われる。

右端の7寸5分は『こけしの美』掲載の久松保夫氏旧蔵品を元にしたもの。同書では平賀多蔵作とされているが『木の花』では謙次郎作の可能性も指摘されている。「原」は胴に水流れがあるが黒めがちの二側目は甘く表情可憐。この写しもその可憐さがよく出ているように思われる。全体としての調和もとれており今回の注文の中で最も気に入ったこけしである。遠目から見ると甘美な印象を受けるが近づいてみると眼点極めて小さく鋭い。作並系に限らず古品は筆に太さとメリハリがあり、それが情味に繋がっていることが多いように思われる。現代のこけしは筆の線は鋭く冴えている反面そういった古品の醸す味わいに欠ける節もある。人によってはそれを埋められない時代の壁と表現したりするようであるが、考え方を変えればこのこけしは古型をしっかりと消化しつつ、現代性も加味されたものということもできるだろう。この鋭さは輝幸工人の持ち味であり、普段「かわいいこけし」を作る工人の中にそういった素質があるということはとても面白いものに感じる。また、収集する側としてはこの鋭さが今後どうなっていくのかという点も大変興味深いところである。

今回は主に上記した3種を写してもらうことを考えていたが、注文したついでに古型の描彩を応用したえじこがあればとお願いしていた。出来上がったえじこがこの2寸5分。手持ちの文献では作並の古いえじこというのは見たことがなかった。後日、輝幸工人に確認したところ、「原」は『らっこコレクション』の中にあるものとご回答を頂いた。鋭い肩の段と胴のゆるやかなくねりが特徴的な形態で、蟹菊は描かれず轆轤線のみで構成されているにも関わらず、胴模様だけ見ても作並系のものと認識できる。頭頂の墨で引かれる一本線は赤が用いられている点も変わっている。写真では判りづらいが意表をつかれたような表情はとてもユーモラスであり、思いがけず良いえじこを入手できたと満足している。

3. 平賀輝幸工人について

『こけし時代』第4号に、ブルーノ・タウトが昭和8年に購入した2本の作並こけしの写真が載っている。当時一本10銭で入手したという。昭和8年の物価を調べてみると、白米10kg が1円44銭であったとのこと。平成16年の米10kg の価格は3536円。単純計算すると当時の10銭は現在の2456円位に相当する。もちろん物価上昇率や白米そのものの価値の違い等諸々を無視した上での話であり単純にどうのこうの言えるものではないが、今回の写しは昭和8年当時と比べてもかなり割安な価格になっている。安すぎはしないかと思ってしまう程である。そして、この写しの真価はまさにそこにある。つまり、現在愛好家が熱心に追いかけている高価なこけしというよりは、その昔湯治客が子どもに買っていった質素な土産物としての安価な値段で、さらりと古型を写してしまうというところに輝幸工人の奇特をみるのである。

古い風情を漂わすこけしの外見もさることながら、こけしという存在の有り様までが昔と変わらずに現代に継承されている。寡作ゆえの希少性があるというわけでもなく、ちょっと手が出ないような高価な新作を作る工人でもない。それでいて、今回のように負担になるような写しの依頼にも素早く応じてくれるこけし工人が他にどれくらいいるか。しかもこの人は作並直系の工人にも関わらず、である。さらに、出来上がったこけしは古作並の要所を押さえながら、輝幸工人らしさも充分に感じられるのだ。筆者は輝幸工人を古作並の名工と同格の存在と称するのに躊躇しない。

願わくば、古型細胴の木地形態で輝幸工人自身の工夫による面描、胴模様、蟹菊、轆轤線をもった本人型をみてみたい。奇をてらうことなく、しかし古風な情味を感じさせる本人型のこけしを。この工人であればそれが可能であろうし、50年後、100年後に作並こけしの名作が一堂に会したとして、謙蔵、多蔵、謙次郎といった名工の名品の中にあっても何ら遜色のないこけしを作ってくれるのではないかと思っているのである。


手持ちの平賀輝幸工人作。

平賀輝幸1-1

(後列左より)
・謙蔵型 8寸5分
・謙蔵型 鉋溝入り白胴 6寸5分
・多蔵型? 7寸5分
・謙次郎古型 8寸5分

(前列左より)
・入れ子親こけし 6寸3分
・同子こけし 4寸
・謙蔵型 えじこ 2寸5分
・謙蔵型 台付き 4寸
・謙蔵型 台付き 6寸5分

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。