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016: 柏倉勝郎 ②

酒田こけしを追求している阿房こけし洞において柏倉勝郎という人物はそのこけしの始祖となる最重要工人なのだが、彼の作ったこけしとなると残念ながらなかなか入手できる機会には恵まれない。そのような中、東京こけし友の会の9月例会の入札で勝郎作を入手することができたので今回はそのこけしについて調べてみたい。なお、柏倉勝郎の生い立ちについては「004: 柏倉勝郎 ①」でまとめている。

柏倉勝郎1-1

こちらがその柏倉勝郎作、6寸2分。当日の例会は遠刈田で開催された「全国伝統こけしろくろまつり」と日程が重なったためか出席者が少なかった。そのため自分の他にこのこけしへの入札者はなく、競合することなしに落札できたのは幸運だった。

入札品の説明によるとこれは後期のこけしであるとのこと。頭部の嵌め込みがとてもゆるく、南部系のキナキナばりにカタカタと揺れる。古色つき、葉の緑は完全に飛んでしまっているが表情は光るものがあるように感じる。重ね菊の花弁は枚数少なくその線も極めて細い。ピーク期の迫力は既になく、枯れた趣のみが残る晩年期の作風である。

柏倉勝郎1-2

小さめの丸い頭部と細めの胴体の絶妙なバランス、肩の盛り上がりと衿付けの優美な曲線、そして裾に向って末広がりになる三角胴によって構成される木地形態は洒脱であり、こけしの美しさは木地にあるということを改めて教えてくれる。

頭頂部の中剃りに引かれる赤い轆轤線は頭髪の墨によってほとんど塗り潰されており、緑のみが強調される。鬢は頭髪から完全に離れ、それ自体がとても短い。鬢飾りは素早く描かれたように見受けられそれぞれの形は不揃いになっている。後に本間久雄、義勝両工人が描く整ったリボン状の飾りとは一線を期す様式が興味深い。胴模様含め、全体的にさらさらとした草書体の筆運びという印象を受ける。

柏倉勝郎1-3

胴底は浅く削られており、「柏倉 2-40」と鉛筆書きされている。前所蔵者が昭和40年2月に入手した、ということであろうか。ちなみに柏倉勝郎はその前年の昭和39年12月に亡くなっているので制作年を判断する参考とはならない。

『こけし手帖』339号の川上克剛氏による「異才・柏倉勝郎こけしの魅力」の記事を参照すると、本項のこけしは胴の細長さ、花弁の線の細さから「No.9」1尺5分の作風に近いと思われる。昭和30年から昭和34年の夏過ぎまで酒田の物産館ならびに渡辺玩具店で販売されていたという戦後作である。同記事では同じ作例として『山形のこけし』の箕輪氏所蔵品が挙げていており、そちらを確認すると本項のこけしと瓜二つのこけしが掲載されていることがわかる。『山形のこけし』掲載品は昭和33年作。鬢、眉横から鼻の少し下までと短く、肩は高い。6寸大のこけしに重ね菊が3輪。花弁の線が細いところもとてもよく似ている。本項のこけしは緑が褪色しているが、『山形のこけし』掲載品に見られるような輪郭線による後期型の葉と、最下部はハの字の模様が描かれていたであろうことが推測される。

このこけしを入手したことにより酒田こけしに対する理解が深まっていけば良いなと思う。柏倉勝郎作という祖形を味わうことは酒田こけしの美の源流を探ることだけでなく、それを継承した本間久雄、義勝のこけしに対する視点が相対化されることも期待できるのではないだろうか。

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