030: 桜井昭寛
古作の写しを嗜好するこけし愛好家にとって桜井昭寛という工人が現役で活躍されているということはどれだけ大きな意味を持ち、また心強いものであろうか。大沼岩蔵、庄司永吉、大沼甚四郎といった古鳴子の重要工人の写しを店頭に並べ、さらに近年では創成期の鳴子こけしの写しにも精力的に取り組まれている。古作の写しを依頼するのに甚だ難儀する昨今にあって、愛好家の欲しがる古型を作り続け、しかも古いこけしの情味を余すことなく再現できる工人は数少ない。それはもちろん桜井家が古鳴子の中でも人気の型を有しているということにも依るものかもしれないが、そうだとしても、その型を守り且つ絶え間なく研鑽を重ねてきたからこそ、現在の名声があるのだと思う。素晴らしい古型を継承するにも関わらずそれを活かし切れていない例は決して少なくない。だからこそ私は桜井昭寛工人に最大限の敬意を表したいのである。
私が鳴子こけしの面白さを知ったのは西田峯吉氏の名著『鳴子・こけし・工人』であった。口絵写真に掲載された古鳴子のこけしは現在よく見かける鳴子一般型とはまるで趣を異にする深い味わいに溢れているように思われた。若い愛好家から「鳴子系のこけしは全て同じように見える」という意見をよく耳にする。恥ずかしながらそれまでの私自身も同じように感じていたのであるが、それはいわゆる一般型と呼ばれる鳴子こけししか知らないためであると考えられる。『鳴子・こけし・工人』に収められたこけし達のなんと個性的なことか。口絵写真とともに西田氏の書く各系列の説明、工人達の物語を読むことで一気に古鳴子への興味が湧いた。同書の口絵の中でも特に心惹かれたのが、高野幸八、庄司永吉、大沼甚四郎、高野まつよ、遊佐雄四郎といった一筆目のこけし群で、この一筆で描かれる目こそが古鳴子の大きな特徴といえるのかもしれない。
2015年の鳴子全国こけし祭りに行くことが決まり色々と下準備をしてみると前述した工人のうち、庄司永吉型は桜井昭寛工人、大沼甚四郎型は佐藤実工人、遊佐雄四郎型は高橋正吾工人が手がけていることがわかった。当日、車でいらしていた知人のご好意により全ての工人の工房にお邪魔できたことは「013: 鳴子の旅」の項で既述した通りである。正吾工人、実工人と廻り最後に辿り着いたのが桜井こけし店であった。桜井こけし店はこけし通りの中程にある。BGM にモダンジャズが流れ、白と茶を基調とした店内の雰囲気は格調高く、温泉街の土産物店という感じはしない洗練がある。

壁際の飾り棚に大沼岩蔵型、桜井万之丞型、桜井コウ型とともに庄司永吉型のこけしが並んでいた。一口に永吉型といっても、胴模様、フォルム、サイズにさまざまな変化があって大いに悩むところであった。こういった収集欲を刺激するバリエーション違いを揃える探究心が、昭寛工人の真骨頂であり人気の秘訣であるのかもしれない。悩みに悩んだ挙げ句に手にした永吉型は6寸2分の菊模様。胴模様の様式は深澤コレクション7寸1分あたりが近いような感じがするが確証はない。ふくよかな丸頭がなだらかで低めの肩をもつ直胴に乗る。濃厚な緑による写実的な葉が茂る中、燃えさかる炎のような菊花咲き誇りなんとも生命力に溢れた胴模様ではないだろうか。

同店でもうひとつ入手したいと思っていたのがこの創成期の鳴子こけし。これは高橋五郎氏が『こけし手帖 618号』で発表した創成期のものと推定される3本の古こけしのうちの一本を写したものである。これは前年の第60回全国こけし祭りにおいて各工人に現物を見せ、そこから想像を膨らませてこけしを作ってもらおうという特別企画に端を発する。詳しくはKokeshi Wiki の記事(「創成期鳴子こけし」)を参照のこと。事前に調査した結果、昭寛工人の写しが最もその「原」のもつ古風な味わい、神秘性、そして得体の知れない凄みを再現しているように見えた。永吉型、岩蔵型という鳴子古型を手掛けてきた昭寛工人とは特に相性が良いように思われた。店頭の棚に唯一残っていたのが7寸2分のこけし。古鳴子らしい一筆目に、長い垂れ鼻、鬢は太い筆致で大きく描かれる。末広がりの胴の上下には鉋溝が刻まれ、特に最上部の深い溝はこのこけしの大きな特徴となっている。

最近入手したこちらの6寸8分は創成期の3本と同じ出自の岩蔵こけしの写しで、前述『こけし手帖 618号』に現物の写真が掲載されている。昭和13年の復活以前のこけしと目され、創成期岩蔵型と名付けられている。蕪型の頭部が乗っかる細身の胴は裾にかけて更に細くなる。胴模様は4つの菊花を中心としたもので、配置と様式に細かい差異があるものの前述した永吉型と同傾向にあり、古い岩太郎系列の在りし姿を想像させる。現在手掛けている型に留まらず常に新しいものへ挑戦し続ける昭寛工人の底なしの情熱をこの創成期岩蔵型からも垣間みる思いがする。昭寛工人がかく活躍し多くの古型を作り続けてくれる現代は非常に恵まれている状況であることは間違いない。

菊花咲き乱れる。左より、創成期鳴子こけし7寸2分、創成期岩蔵型6寸8分、永吉型6寸2分
私が鳴子こけしの面白さを知ったのは西田峯吉氏の名著『鳴子・こけし・工人』であった。口絵写真に掲載された古鳴子のこけしは現在よく見かける鳴子一般型とはまるで趣を異にする深い味わいに溢れているように思われた。若い愛好家から「鳴子系のこけしは全て同じように見える」という意見をよく耳にする。恥ずかしながらそれまでの私自身も同じように感じていたのであるが、それはいわゆる一般型と呼ばれる鳴子こけししか知らないためであると考えられる。『鳴子・こけし・工人』に収められたこけし達のなんと個性的なことか。口絵写真とともに西田氏の書く各系列の説明、工人達の物語を読むことで一気に古鳴子への興味が湧いた。同書の口絵の中でも特に心惹かれたのが、高野幸八、庄司永吉、大沼甚四郎、高野まつよ、遊佐雄四郎といった一筆目のこけし群で、この一筆で描かれる目こそが古鳴子の大きな特徴といえるのかもしれない。
2015年の鳴子全国こけし祭りに行くことが決まり色々と下準備をしてみると前述した工人のうち、庄司永吉型は桜井昭寛工人、大沼甚四郎型は佐藤実工人、遊佐雄四郎型は高橋正吾工人が手がけていることがわかった。当日、車でいらしていた知人のご好意により全ての工人の工房にお邪魔できたことは「013: 鳴子の旅」の項で既述した通りである。正吾工人、実工人と廻り最後に辿り着いたのが桜井こけし店であった。桜井こけし店はこけし通りの中程にある。BGM にモダンジャズが流れ、白と茶を基調とした店内の雰囲気は格調高く、温泉街の土産物店という感じはしない洗練がある。

壁際の飾り棚に大沼岩蔵型、桜井万之丞型、桜井コウ型とともに庄司永吉型のこけしが並んでいた。一口に永吉型といっても、胴模様、フォルム、サイズにさまざまな変化があって大いに悩むところであった。こういった収集欲を刺激するバリエーション違いを揃える探究心が、昭寛工人の真骨頂であり人気の秘訣であるのかもしれない。悩みに悩んだ挙げ句に手にした永吉型は6寸2分の菊模様。胴模様の様式は深澤コレクション7寸1分あたりが近いような感じがするが確証はない。ふくよかな丸頭がなだらかで低めの肩をもつ直胴に乗る。濃厚な緑による写実的な葉が茂る中、燃えさかる炎のような菊花咲き誇りなんとも生命力に溢れた胴模様ではないだろうか。

同店でもうひとつ入手したいと思っていたのがこの創成期の鳴子こけし。これは高橋五郎氏が『こけし手帖 618号』で発表した創成期のものと推定される3本の古こけしのうちの一本を写したものである。これは前年の第60回全国こけし祭りにおいて各工人に現物を見せ、そこから想像を膨らませてこけしを作ってもらおうという特別企画に端を発する。詳しくはKokeshi Wiki の記事(「創成期鳴子こけし」)を参照のこと。事前に調査した結果、昭寛工人の写しが最もその「原」のもつ古風な味わい、神秘性、そして得体の知れない凄みを再現しているように見えた。永吉型、岩蔵型という鳴子古型を手掛けてきた昭寛工人とは特に相性が良いように思われた。店頭の棚に唯一残っていたのが7寸2分のこけし。古鳴子らしい一筆目に、長い垂れ鼻、鬢は太い筆致で大きく描かれる。末広がりの胴の上下には鉋溝が刻まれ、特に最上部の深い溝はこのこけしの大きな特徴となっている。

最近入手したこちらの6寸8分は創成期の3本と同じ出自の岩蔵こけしの写しで、前述『こけし手帖 618号』に現物の写真が掲載されている。昭和13年の復活以前のこけしと目され、創成期岩蔵型と名付けられている。蕪型の頭部が乗っかる細身の胴は裾にかけて更に細くなる。胴模様は4つの菊花を中心としたもので、配置と様式に細かい差異があるものの前述した永吉型と同傾向にあり、古い岩太郎系列の在りし姿を想像させる。現在手掛けている型に留まらず常に新しいものへ挑戦し続ける昭寛工人の底なしの情熱をこの創成期岩蔵型からも垣間みる思いがする。昭寛工人がかく活躍し多くの古型を作り続けてくれる現代は非常に恵まれている状況であることは間違いない。

菊花咲き乱れる。左より、創成期鳴子こけし7寸2分、創成期岩蔵型6寸8分、永吉型6寸2分
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