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037: 佐藤忠

『木の花』第22号の「こけし古作と写し展図説」でこの写しを知ったと記憶する。「原」は『こけし古作図譜』119番の佐藤菊治6寸1分。後ろの解説には「大正後期 川口」とあるがこの場合、川口睦子氏の所蔵品ということになる。「形態細く締まりながら温かさがあり、描彩余裕たっぷりと明るく毅然としていて格調高い。しかも大正期(裏に八・六・二五と記入の前所蔵者の張紙あり大正八年か)の菊治では唯一の一側目の貴重さもあって、忠に見せたいこけしであった」と矢田正生氏が書かれている。昭和51年末に青根を訪れ年明けに写しが送られてきたと続く。

佐藤忠1
佐藤忠による佐藤菊治写し 6寸

先日の東京こけし友の会の例会で入手したこのこけしの胴底には鉛筆で「96-5-12 ナゴヤ」とメモ書きがなされている。6寸大の遠刈田の中でも頭小振りな作例で頭部の口径が小さい分、胴細長く洗練された形態となっているように思う。墨による二筆で描かれた口元、鬢横の耳状の手絡(?)等古い青根の様式を今に伝える良い写しである。が、「原」と比べてしまうと綺麗すぎて味わいに欠ける節もある。

『こけし古作図譜』で見る「原」は古ぼけ、紫のロクロ線もやや褪色しかかっており朧げであるが染料が木地に馴染み何とも言えない味わいがある。この写しは形態、様式、全体的な雰囲気はよく捉えられているものの、胴模様は鋭く筆が伸び、それがかえって硬質な印象を与える。

『木の花』第23号の中で箕輪新一氏は「時代の香」と称してこれら古作と写しの隔たりを論じている。「明治という時代の西欧文化に対する日本人のあり方が窺われる」とか「大正という時代のもつほの暗さや憂愁」といったその時代その時代の雰囲気が古作には宿っているとし、写しは「古いこけし群のなかに確かにある「時代の香」、こけしがこけしであり、おもちゃであった時代の味を、どういかして「写し」とる作業」たるべきと説く。

佐藤忠の写しと佐藤菊治の「原」との隔たりはどこにあるのだろうか。そのことを考察していくひとつの手立てとして、こけしが上手物化したことが挙げられないだろうかと考えている。

そもそもこけしは岡崎栄治郎や鳴子の大寸もの等一部の飾るためのこけしを除き、下手物だったと言われている。子供への土産物として大量に生産された安価で粗雑なおもちゃであり、仕上げは今のように念入りには行われなかったため染料は木地に滲む。しかしそういった荒さこそが昔の玩具人を惹きつけた味わいであったように思う。

しかし時代が進むにつれこけしを取り巻く環境や価値観が変化していき上手物化が進んだのではないだろうか。上手物化にはいくつかの要因が考えられる。

①製作環境の向上
戦後動力ロクロが普及するとともにサンドペーパー、筆等の品質が向上したこと。

②コンクールの存在
いつの頃からかは分からないがコンクールの審査基準に木地の仕上げという項目が設けられたことにより、綺麗に磨かれた見栄えの良いこけしが評価されるようになっていったこと。

③品質重視
製品としての均一性を求める風潮が広まり、青果と同じようにこけしも品質が重視されるようになったこと。寡聞にして蝋引きが一般的になったのもいつの頃からかわからないが、品質重視の象徴ではないかと考えている。

第2次こけしブーム以降に作られたこけしを見ていると、こうした時代の移り変わりの中で綺麗になっていくのと引き換えに素朴さと味わいが失われていったように思われる。田舎の純朴な娘さんが都会に出て、垢抜け、綺麗になるのと同じように。これが「こけし千夜一夜物語」でいわれるところの「こけしの近代化」ということかもしれない。

製作環境の変化、価値観、こけしに求められるものの変化が渾然一体となり現代の「時代の香」として漂っている。工人であろうと蒐集家であろうと何人たりともそういった時代性の影響は避けられない。

特に価値観などというものは、ある日を境に劇的に変わるものではなく日一日と徐々に浸透していき知らず知らずのうちにそのことが当たり前になっていく類いのものでありなかなか意識できるものではないが、こけしの場合「原」となる古作に立ち返り、現代という時代の反映である写しとよく見比べることによって、その差異を生むものの存在が明らかになってくるようにも思われる。

下手物という観点からすると、もしかしたら現代のこけしは単純に磨かれ過ぎなのかもしれない。


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コメント

数週間前からブログを拝見しています。
こちらの記事を読み、救われたというのと同時にこけしに対して申し訳ないという気持ちも抱きました。
考えさせられる記事を、どうもありがとうございました。

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当ブログをご覧いただきましてありがとうございます。
当ブログの記事はこけし収集歴3年の若輩者による個人的な感想や考え、研究成果であり、こけし界の一般的な見解とは異なることも多々あるかと思われます。私としましては、収集歴が短い今の時期だからこそ考え得ることも少なからずあるのではという思いがあり、敢えて少し刺激のある内容も投稿させて頂いております。「こけしに対して申し訳ない」という箇所の真意が計りかねますが、何か不愉快なお気持ちにさせてしまいましたらとても申し訳なく思います。しかしもし当ブログの記事をお読みになったことで、こけしに対して何か新しい考えを巡らすきっかけになったとしたらこれ以上の喜びはございません。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

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